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2010年11月26日 (金)

とおりゃんせ・その2

行きつ 戻りつ
 
とおりゃんせ とおりゃんせ

Tubomi2

毎年見事な花を咲かせ私たちを愉しませてくれる、
武川真原の桜並木ですが、
60余年同じ時を隔てた若者たちの開墾の想いが、ここにはあります。

入植者達は桜が花ひらく度、空を見上げ遠い故郷を母を想い、
慣れない作業に小さな希望を抱き、畑仕事を続けたそうです。

Hatake_2

美しい紅葉も終わり、落ち葉は腐葉土に掻き集められ、
間もなくこの地も冬支度が始まります。

Huyujitaku

先日は11月の満月でした、
真原を渡る月は、青く冴え何故か昔日を偲ばせます。

Kaikoma

この地方の風習だけかも知りませんが、月見の夜、
子供たちは竹やりを手に家家をまわり団子を盗るのですが、
開拓の若者も空腹のあまりそのあとに続いた、
恥ずかしい想いが蘇るのですが、

Huyujitaku1

次の年、さらに次の年と15夜13夜の月見団子が、
思えば50個くらいあったように思えます。

Namikburogu1

そして働いても働いても相も変わらず収穫は増えず、
空腹と寒さの連続でした、
そんな日々疲れ果て、フッとやけになりそうな日、

軒先にさつま芋が山ほど、そしてその中に卵も置いてありました。

Sora

(とおりゃんせ1)で書いたように捨てれた思いの中、
誰かかが見ていてくれる嬉しさに支えられ、
幾度となく人の温かさや優しさに救われたそうです。

Tukiyo_2

薄い粗末な布団に身体を丸め、寂しさ惨めさ悔しさに泣き、
里山の人の情けに泣き続けた夜の美しい月は、

今も瞼に焼き付いているそうです。

Namikihuyu

いま、真原は、入植者たちに与えられた土地としても、荒廃した、
開拓に困難極まりない場所でしたが、若者たちの努力と苦労が報われ、
八ヶ岳や甲斐駒ヶ岳が一望できる事も重なり、美しい景勝地で、
別荘地や移住地としても、人気ある地に生まれ変わりました。

Sakura1_2

子供たちの無邪気な笑い声が山間に響き、土地は肥え輝き、
黙々といまも働き続ける老人はいつまでもいつまでも健やかに、

Harunamiki

そして真原の大地の灯火が消えないこと、願ってやみません。

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