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2010年11月21日 (日)

とおりゃんせ・その1

とおりゃんせ  とおりゃんせSakuratop

今でこそ長芋と桜並木で知られ、
豊饒の地と云われる武川の真原(さねはら)は、
元々戦後間もなく入植の開拓地でした。

Namiki1

山間(やまあい)にありながら時間の流れが違うのかと思える長閑さで、
種々多様の農作物はいつもみずみずしく、季節によることも無く、

いつも明るく輝いているこの台地の真ん中に、東西に長さ700mほどに
数百本の、樹齢60年を越える桜の古木が並ぶ甲斐駒ケ岳へ向う
並木道があります。

Top1_2

入植が始まったばかりの頃は一面荒廃した、蛇、
蛙ムカデの多い雑木林であり、
道といえば動物たちと共有する獣道ばかりであったそうで、

20歳前後の入植者達の気持ちは、貧しさと餓えと寒さの中、
まともな農機具も無く、手作業の開墾は辛く、
全てがうまくいかず収穫もなく、生家はさらに貧しく帰るに帰れず、

流刑地伝説や姥捨て伝説さえ残る僻地へ追われた、
捨てられたとの想いに心は荒み、怒り、
国を恨み親を嘆き仲間を疑い続け、

もうどうにもならない頃、この道を作る計画が立ち上がり、
開拓者たちの最初の共同作業は消えそうな夢に小さな火を灯し、
仲間意識と希望を生み、稚拙ながらも道は完成したそうです。

Namiki2

この話をしてくれた老人も当時十九歳での入植であり、
母親が恋しくてたまらなく、
飢えと寒さと疲労で辛くて辛くて開墾の林を出て、
目的もなくこの道を何度か歩いたそうです。

この道は故郷に繋がる道でした。

丁度今頃の季節、寂しさに耐えきれず月明かりの中、
突然意識も無く故郷へ歩き始めた夜があったそうです。

Namikihigashi

迷い戸惑いの逡巡の足は遅く、何処をどう歩いたのか、
やっとの思いで武川の宿まで来た時に、
裸電球の下で朝づくりをする開拓指導員の夫婦の声と手招きで
我に返り、夫婦は知ってか知らぬか何も言わずに
お茶とさつま芋を出してくれました。

そして、ぎりぎりのところで踏み止まり、
白みかけた野道をまた戻るのですが
涙は止まらず、真原の皆で開いた道に至り、
朝日が当たる甲斐駒ケ岳が見えた時、声を上げて泣いたそうです。

それから間もなく、少しですが収穫ができるようになった頃、
この道に桜が植えられました。

Hatake1

入植者の多くが似た様な思いで行き来した道の桜も60余年古木となり、
真原も豊饒の地とかわり、桜並木は名所となりました。

Namikitate_2

間もなく満月です、今も昔も変わらぬ月は並木道を散策するように

真原の空を渡り甲斐駒ケ岳を青白く映し出します。

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